新調

別に今の三線に何の不満も無いんですが、帰郷する度に持ち帰るのが重いのでもう一
丁新調することにしました。
オークションで棹だけ購入。
この後、胴、皮張りがありますがそこは宇治の和於屋にお願いしました。
通常は通販なのですがショウスペースも設けています。
試し弾きも可能なので遠慮なく2時間くらい30万円の三線を弾かせて頂きまし
た。これ欲しい。
僕は2時間で終わりましたがなんでも最長で試し弾きをした方は日が変わるまで演奏したとのことです。
途中飯を買いに行って休憩を取りながらってどんだけアホですかw

お店の方とは三線や胴、棹や音楽のことなどを話し、全てを委ねました。

「あんたに頼むことは一つ、この三線を完成させることだ」
「イエッサー!」

みたいなやりとりは無かってですけど。(でも7割実話)
今からどんな音になるのか楽しみです。

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棹だけだと本当にただの棒です。

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還暦

9月には大きなイベントがありまして、ウチの師匠の還暦だったんです。
知っている人は

「え?まだあの人還暦なの?」

って思う人がいるかもしれません。
実際俺も自分の親より年下だと思わなかった。

自分は今、滋賀にいますがこれは結構昔から想像していて「今年は大丈夫だったけど来年は」みたいな小さな覚悟は常にしていたんです。
その中で
「男の歌を毎週聴ける環境にいることって大事かも」
とその年決心して教室に入りました。
(それで予感どおり次の年滋賀。デスフラッグが立ったとしか)

それまで5年間とてもお世話になった店があり、今でも感謝しているお店があるのですがそこでは一大事件のように扱われ、それを師匠が耳にし一度師匠から「戻った方がいいんじゃないか」と退会を勧められもしました。
これに対して、ある日師匠の歌っている店に出向いて「自分の信念は曲げない」と伝え続けさせてもらいました。

結局そのお店の敷居を跨ぐことは許されなくなってしまいましたが、師匠には「俺のところに来たんだから俺が責任持って育てる」と言ってもらい今に至るわけです。
現在において珍しいドラマみたいな話ですが。詳しい話はここではしないけど。

会は6月にライブをしたゆうどで開かれました。前日滋賀でサークルがあったので当日帰郷、参加したんですがもう人がいっぱいいて師匠が如何に愛されているかを認識させられました。
印象的だったのは唄本をア行から漏れなく歌おうとする師匠の姿。
生徒達が金を出し合ってあげた着物を貰う時の師匠のちょっと感動した顔。
上り口説を一生懸命歌う、日本アカデミー最優秀助演女優賞の人ですかねw。

なんでいる。

会は深夜まで続き、沖縄から来た先輩に色々説教も貰いましたが(そして本人は全く覚えていないという)いい会でした。

師匠、あと20年は生きてください。

P.S 集合写真を撮り忘れるのもウチの会っぽい。

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運天三線会 滋賀分室その2

やっと9月の日記。
世間じゃクリスマスの用意してますけど。(こっちはこっちでどうかと思う)

第二回の三線サークルでした。
毎度のことながら遠くよりおいで頂き本当に感謝です。
僕くらいの歌唱力で恐縮。

でも2時間って短いですね、ちょっと歌って話してですぐ終わり。

三線て基本独唱なのでみんなで歌って合唱団にならないような歌を目指す、と偉そうにアドバイスしていますが。中の方が他に自分達で独学で練習されていて「この間、その人達と合わなくなった」と言っていました。

それっていいのか?

とちょっと複雑な気持ちでしたがw

まあ、俺も人と一緒に歌うのが苦手なので順番決めて歌うとかしてますが最悪合わせないといけない時は練習の時や本番で1番歌っている最中に修正して合わせるようにします。
(意外と大人な自分に感動です。)

その後は東京に習い稽古よりも長い懇親会。
5時スタート9時終了という唄に酒にと多分こちらが本当の目的な気がします。
あれ、みなさん家庭は

ということで今回も無事楽しく終わりました。今月はスケジュールが合いませんでしたが次回は来月下旬に催されるそうです。また頑張りましょうね。

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SEBONE

ということでまだ8月のお話。
豊橋のイベントSEBONEは、音楽だけでなく色々な活動をしている方々が豊橋を活性化させるべく自発的に行ったイベントらしいです。
豊橋って新幹線停まるし都会だろうがって思っていましたが駅に着いて思ったのが

「人がいねえ」。

沢山店はあるし道路は舗装されていて綺麗な街なんですけど週末なのに殺風景でした。なるほど。

イベントは手作り感があり、地元の人達が一生懸命運営していて感心してました。
この日(8月29日、30日)覚えている方は思い出して欲しいんですけど、選挙の投票日で豊橋がまた暑くて。
持ってきたタオルがびしょ濡れになり危うく最臭兵器になりかけました。

藍紅としては男2人でむさ苦しい&寂しい、B'zっぽいところを特別ゲストとして「API」や「やんばる」で活躍しているぴろみさんをお呼びいたしました。
一瞬聴衆の顔が緩んだ気がした。危なかった。

自分としては前日まで凄い練習したのに何も出来なかった「ニライカナイ」のソロが弾けたことで十分満足です。
そして、一生懸命MCをしていたマロをニヤニヤしながら見ていました。とは言いつつも今回は彼にかなり引っ張ってもらいました。
ぴろみさんも良く短期間であんなムズイ歌を覚えてくれて有難う!

そして忘れてはならないのが、何でか知りませんがそのイベントに琉球民謡協会東海支部の港川先生の教室がでかでかとブースを独り占めしていまして。

俺としましては

「豊橋上等!」

と意気込んで乱入してきたんですけど。いやー港川さんが懐の大きい人でね、普通知らない人間が三線片手に歌わせろなんて言ったらまず天龍チョップじゃないですか。

それを嫌な顔せず「好きなだけ歌え」とステージを貸して下さってホント2時間ほど歌いましたよ。(遠慮しろよ)

師匠の兄と交流があるらしく、名前を出したら一発でわかってた。ウチの師匠ときたら「あんま交流ないんだよな」ですからね。家族が世話になってんだろーが!

というわけでSEBONEは豊橋付近に住む人達の沢山の愛情で一杯でした。

有難うSEBONE、また来年!

P.S HIP HOPPERは意外に優しい。

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豊橋は静岡県です

最近朝と夜がびっくりするくらい冷えてきました。秋だねー、というより夏早かったねー。あっという間に終わっていたよ、完全燃焼する前に。

そんな中8月の話をするんですが

8月の最終週は残暑が厳しすぎの豊橋で「SEBONE」プロジェクトなるイベントにメグちゃん抜きの藍紅で参加してきました。ウチのギターが豊橋在住でその伝手での出演、俺としても中野チャンプルーフェスタで撃沈だったニライカナイのソロを完奏すべく強い意志で豊橋に向かいました。

在来線で

うおおおーー豊橋、マジ遠いぜ!
考えてみたら昔、分子研の見学で岡崎に行った後浜松の友人のとこへ行ったことがあり、「岡崎って静岡寄りなんだな」と思った記憶がありますが豊橋って岡崎よりも浜松寄りだもんね、そりゃ名古屋から快速で1時間かかりますわな。
ウチから京都またいで大阪までいけるぜその時間があれば。

でも在来線で面白かったんですけど言葉がグラデーションかかって徐々に東に向かっていくのが分かるんです。
岐阜に近づいたあたりから関西のイントネーションが消えていって標準語のイントネーションで語尾がちょっと違うって感じになっていくんです。
だから今でも関ヶ原がポイントなんだなあって思いました。
そしてSEBONEの後一緒に夕飯を食べた方は豊橋の人らしいですが語尾が「だらー」とか「らー」、接続詞は「だもんで」など静岡で良く聞く言葉に。

いきなりっていうより徐々に変わってくるという感覚が自分の中で興味深く面白い発見でした。
太陽も気づけば動いてるって思うのと同じ感覚かもね。

SEBONEの具体的な話はまた今度

余談1…職場の先輩は「滋賀の山超えたらそこはもう違う人種」と言っていました。やっぱ山のこっちが関西の始まりって感じはするなあ。
余談2…在来線で豊橋とかバカなの?って人もいますが大切な節約術です。
とはいえ、岐阜ら辺で若い3人衆が東京のるるぶみてましたけど。

恐らく東海道線を最大限利用していくつもりでしょうが

あの子達にこそ時間を有効に使えと言いたかったです。

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本栖湖にて

もう結構前の話ですがお盆だったり親戚のお見舞いを兼ねて甲府→本栖湖とぐるっと行ってきました。

本栖湖の目の前にはでっかい富士山があって昔は夏休みになったらここにいてアホになるくらい遊んでいました。
リアル「ぼくの夏休み」だったもんな。TVはNHKしか映らなかったし(当時)
最近来てなかったなあってこの富士山見て思った。
やっぱりウチの前から見る富士山が一番。新旧五千円札に載っている富士山はウチの前で撮ったものなんですよ。

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母方の実家は小さい民宿やキャンプ場を経営してるんですが最近キャンプブームなん?
って程人がいてびっくりした。何もないのにね。
子供とかそこでBBQとか楽しんでいて優しい目で「たくましく育てよ」って見てました。

泊まることなく帰ったんですけど夜も満天の星を見ました。天の川なんて本当に久しぶりでちょっと感動した。

そんなお盆でしたが、ナスって牛の形にするんだよね?
だから足短くしたんだけど親に可愛い馬になっちゃって…て哀れがられた。
馬はきゅうりだった気が…。あれ?そもそも盆入りに牛じゃまずいのか?

結論:きゅうりが無かった時点でおわり。

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宇宙(そら)が見える

燃え上がーれー

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燃え上がーれー

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燃え上がーれー

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ガンダムー

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ガンダムー。ガーンダムううう!

いやあ燃え上がったねえ。

本気で作った人達に最高の敬意を。

遠近法でこんなんも。

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私の大嫌いな人

夏休みに東京戻ってからイントネーションの悩みがなくなりました。いやー最近どれが標準語のイントネーションか解らなくなっていたんだよね。

今回は東京に帰った時、前にいた部署の子達と飲みの話。

話題は「残業」。

皆さんの会社は残業をつけられますか?その前に残業をどういう風に考えていますか?その場にいた俺を含む皆が共通だった意見は「本来、定時に終わるような仕事の計画をすべきだし平準化すべきでどこかだけ残業が許される(つけていいってことね)っていうのはありえない」ってことでした。

俺がいまいる部署も前は残業代OKだったんですけど不況のあおりを受けて残業禁止になり、仕事追いつかないけど「くれてやる」ってサービスしてたんですよ。それでも自分に降り掛かる仕事が多くなったのでとうとう上司に「このままだと部署全体の業務が滞るから人を増やすか残業をOKしてくれ」と頼んだら残業をOKしてくれました。

ところがウチの一番使えない奴がその途端残業し始めまして。サブロク協定っていうの?それを超えないくらいの仕事を予定し始めたんですよ。いやいやいやありえないじゃん。その残業代が出ない時は俺より先に帰っておいて許可された途端に残業しまくりかよ。それでやってる試験が失敗とか給料泥棒もいいとこだろ。

俺の中でやっぱり業種として、製造所というのは一番下の部類に入る業種だと思っています。だって開発のように頭使わないし、どう見ても技術の方が上の仕事をしているのに技術が残業ゼロで製造所の一部の(下らない仕事しか出来ない)人間が「残業申請しないと人が足りていると思われるから」なんて都合のいい言い訳使って残業つけているのってありえないでしょ。素直に言えよ「金が欲しい」って、
軽蔑した目で見てやるからさ。(今も完全に軽蔑してるけど)

飲みの間そんな話で盛り上がり、個人名挙げて凶弾していました。技術は技術の中で不満があるみたいだけど、製造所に伝道師として送り込まれた俺としては技術なんかまだまし。出来ない人間が率先して残業をつける「クズだなあ」って思う人間が製造所には多いですね。

「時間が足りないと悩む人は時間の使い方が解らない人である」って誰の言葉だっけ?

私の大嫌いな人は本当に馬鹿ばかり。(by peter room)

いっちょ会社に風穴開けるか。

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運天教室滋賀分室

今やっと8月1日の出来事を書いています。サボりすぎだろ、俺。

この日は実は待ちに待った運天敏彦教室の滋賀分室の日だったのです。
まあ分室って勝手に自分で言っているんですけどね。(師匠黙認)
以前ここに滋賀で歌遊びの話を書きましたがその仲間と今回三線サークルを開催しました。
教えると言っても今まで好き勝手に歌ってきただけだし、先生なんてまだまだ器じゃないので皆で歌いましょうって会にしました。
教室じゃないので歌い方も強制できないし、ウチの師匠も古酒並にクセあるので(それが味なんだけど)「僕は好きに歌いますからここマネたいなって思ったら真似て下さい」と上からなのか下からなのか解らない目線で会は進みました。ただ真面目に言うと「ここはこう歌うと味が出ます」なんてポイントはちゃんと言いましたよ。

大体3時間くらいやった(はず)けど個人的にはもっとやりたかったなあ。
たまに師匠が皆と練習している時が一番楽しい、って言っているけど今回やってみてなんだか解る気がした。
次また開いてもらうためにももっと精進しなくては、なんて思いました。
滋賀は三線人口少ないしね、うち等で盛り上げて行きましょう!

本当はこの後皆さんと少し食べたり飲んだりしたかったのですがこの日は大阪でお世話になっている章さんのお店のイベント「Akira's bar」に行くために中津へ。
行った頃にはホテルの宴会室は既に満室。
一人で行っただけあって目一杯の孤独感を味わいましたw。
でも、豪華でしたよ。元宝塚の女性が歌を歌ったり、雅楽もあったり、良くこんな色んな人達呼べるなあって感心していました。
あ、野球詳しくないので名前しか知らなかったですけど仲田幸司さんも来ていました。
すげーな大阪って思ったのは彼が「島ん人の宝」を歌った後アンコールが起こったので「六甲おろし」を歌ったんですよ、全員大合唱でしたからね。東京でジャイアンツの歌を歌うって言ったって結構知らない人多いんじゃないですか?

当の章兄さんはと言えば前回(3月ね)にも増してやりたい放題。
五木ひろしのピアノを担当している方に伴奏させて歌うし、チケットのドリンク券は自身の写真が印刷されているし
「決して調子に乗りません」とか言っておいてなんだそれは、親御さんが見たら悲しむぞと思ったら親父さんゲストで登場。先のピアノを伴奏に歌っていました。(しかも劇ウマ)。

今回はお店で料理作っているあんまーのお子さんが結婚ということでそのあんまーに向けてビデオを店の人達が内緒で製作していたという泣かせる演出がありました。こういう家族ものに弱いので(一人で来ているのに)涙出ましたけど、隣のテーブルにいた茶髪のちゃらそうな兄ちゃんが号泣してたイベント終わる直前まで泣いてた

というわけで沖縄色満載だったこの一日。滋賀に、大阪と関東に負けないくらい熱かったです。

そうそう最後に遅れて行ったので飯が食えず、終わった後梅田で沖縄料理屋に行ったんですけど一人で行ってんのに4人席に案内された。カウンターあったろーが。

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棺桶に思い出がいっぱい

まゆめで音楽の話をした次の日は大阪の養護施設でエイサーでした。
前日から大阪に入る予定だったんですけど友人が東京から来るということで当日入りにしました。
というのもあるんですが泊りがけでメンバーとの飲みは本当にキツイんですよ。
このブログでも何度も登場する「与論献奉」という与論の悪しき慣習のせいで絶対次の日は使いものにならないってのが目に見えていたので。

大阪駅まではそんなに遠くないのですが石切は奈良寄りなので結構遠く軽く旅行気分で挑みました。
途中退屈しないようにサッカーダイジェストとピザポテト、お茶と完全装備。
(注:ピザポテトに関しては「お前は高校生か」というコメントをいただきました)
ぶらり一人旅な感じで石切に到着。

今回は夏祭りの一環で職員さん達も気合が入っており、和太鼓やらよさこいソーランを数ヶ月前から準備しているといった小さな学祭のイメージです。外での出し物でこの日関西は非常に不安定な天気だったので開催が危ぶまれましたが願いが通じたお陰で何とか無事開くことが出来ました。

内容に関しては前回から日が経っていないのでちゃんと踊りは出来ていたと思います。
開始2時間前に「こういう実験をしたい」なんて無茶なリクエストはありましたけど慣れっこだし無難に弾けたかな?
実は俺も今回密かに試みたことがあって。それは

「与論の歌をエイサーの曲の中に埋もれさせた」

ってこと。与論のエイサーだということをアピールしたいということで以前はMCで一回切って「リーダーが与論出身で次の曲は与論の歌です」とわざわざ言ってたんですけど、そしてそれは一つの方法なんですけど俺がひねくれ者なのか何か言い訳がましいなと思って埋もれさせました。
自然に一体していることこそが一番良いことなんじゃないの?ってね。
結果良かったのか良くなかったのかわからないけど。

うち等はいつも関東のエイサーとしては小さく、後発な立ち位置というのもあって最初の主題が「自分達が頑張る」ってことに気持ちが行くし周りも結構そういう目で声援を送ってくれます。
でも今回、この場所ではうち等はちょっとしたヒーロー的な扱いなのです。
何しろ老人達も自分の状況知っているから「最後に」みたいな気持ちで見てくれるし、その家族達も「ウチの親にいいもの見せてもらって」と感謝の気持ちで見てくれるからメンバーの感じ方もまたいつもと違ったのではないでしょうか。

俺もそんな気持ちに押されMC張り切りましたよ。
ネタ考えて、

「きょうは外で開催なんで虫には注意してください。僕らは血を吸われても大丈夫ですけど、皆さんはただでさえ血が少ないんですから」

とかなりチャレンジな発言をしたら身内なはずの人間達にスルーされるという内ゲバに会いまして。一人格好の餌食になりました。後で「笑っていいのか悩んだ」とか言われましたが笑っとけよそこ!悪意入ってると思われるやんけ。

打ち上げは職員の方と。ホントいつもありがとうございます。楽しく打ち上げました。

ただ、日曜だっていうのにあの悪しき慣習が始まり(後略)
後の話は棺桶に持っていきます

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